「青天を衝け」第5回「栄一、揺れる」あらすじと感想|リアリスト・栄一vs修験者が痛快だった

大河ドラマ「青天を衝け」第5話のあらすじと、個人的な感想です。

第5回「栄一、揺れる」あらすじ

栄一(吉沢亮)の姉のなか(村川絵梨)は、相手の家に憑きものがいるという話が出て、伯父の宗助(平泉成)らから反対されて、縁談が破談になってしまう。その後、なかはどこか様子がおかしくなり、栄一は心配する。

一方、幕府では、斉昭(竹中直人)の暴走を阿部正弘(大谷亮平)、藤田東湖(渡辺いっけい)らが懸命に止めようとしていた。

市郎右衛門(小林薫)は、落ち込むなかに気晴らしをさせようと一緒に出かけていくが、そんな中、まさ(朝加真由美)が修験者たちをつれてきて、渋沢家でお祓いをしようとする。見かねた栄一は——。

第5回「栄一、揺れる」感想

※ネタバレあり、注意

今回一番面白かったのは、栄一VS修験者のくだり。

渋沢家に無縁仏がいると言い出す修験者に対して、栄一は「無縁仏が出たのはいつだ」とたずねて、発言がだんだんあやしくなっていく修験者を「こんないいかげんな神様信じられない」と追い出してしまう。いや、痛快でした。

実際に渋沢栄一の家でこんなことがあったかどうかはともかく、渋沢栄一という偉人の人となりとして、銀行をはじめとする、明治の日本をあれだけ切り開いた人なのですから、若いころからこれだけリアリストでもおかしくないよなと、すごく腑に落ちるところがありました。

ドラマの中では、栄一も父親の市郎右衛門も憑き物なんてこと信じてなくて、でも、商売人のように日々現実と向き合っている人たちなら、そりゃそうですよね。神様にたたられるからって商売ごとを辞めるわけにはいかないんだし。実際、この幕末時代は、神風とか祟りとかそういう昔ながらのものが正しいわけでなく、現実はもっと違うものなんじゃないか…ということに、人々が目覚め始めたころでもあったのかな? ちょうど同じころ、徳川斉昭は「下田で神風が吹いた!」とか騒いでたけど。

大河ドラマを見ていて楽しいのは、まさにこういう瞬間なんですよね。あくまでもドラマだけれど、実際の渋沢栄一もこんな人だったんじゃないかな?ってドラマと史実がリンクして、パズルがはまっていくような感覚を覚えるときがあって、そういうとき、とてもワクワクします。

余談ですが、前作『麒麟がくる』では、個人的に一番腑に落ちた場面は、最終話で、明智が織田に反旗を翻したことを知った秀吉が「面白いことになった」とほくそ笑むところでしたね。

百姓だった自分を拾って出世させてくれた信長の危機なのに、この人、主君への恩義なんか全然感じてないんだ、でも、秀吉はそもそも武士の生まれじゃない、武家の誇りや忠義とは無縁のところで育った男なのだから、こんな感じだったかもな…と妙に納得してしまいました。

アヘン戦争のことを知り、世界というものに興味を持ちだした栄一が、これからどう羽ばたいていくのか? そして、幕府は幕府で斉昭が止まらなくて、果たしてどうなることやら。次回も楽しみです。

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この記事を書いた人

映画、音楽、文房具をこよなく愛するフリーライター。趣味はヴァイオリン。
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