言葉を刃物にしないために

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言葉はときに鋭敏な刃物になります。

だからこそ、言葉を生業とする者は細心の注意を払わないといけない。
そう私は考えています。

ライターの仕事を始めたときから、自分の書く言葉で人を傷つけてはならない、という矜持は当たり前のこととして自分の中にありました。

もちろん、全く誰も傷つけないで書いていくのは相当難しいこと。でも、だからこそ、誰かを傷つけるかもしれないとわかっているからこそ、傷つけないよう最善を尽くさないといけないのです。

細かい例ですが、私は「外国人」を「外人」とは絶対書きません。
自分の著書の中で「黒人」という言葉を使わざるをえない箇所があったときも、その表現のままでいいものか相当悩んで、時代背景やファクトチェックをして信頼できる方にも相談したうえで、用いることを決めました。

書く仕事をする以上、言葉は本当に注意深く扱わないといけない。
そこに関して、私はそれこそ神経質になりすぎるくらい神経質にやってきたのですが、
最近、どうもそうではないらしいものもあると知って、愕然とした瞬間がありました。

もちろん、好き勝手に書いたほうが面白いってのはあります。私だって基本的には好き勝手に書きたい。
でも、好き勝手に書いていいからって、人を傷つける言葉を用いていい、ということにならないと思うのです。そこは、人を傷つけないで好き勝手に書く、ということで、少なくとも自分はありたいです。

言葉はときに刃物になる。
でも、本来は人を刺すためのものではないし、刺すために安易に使ってはならないはずです。

言葉こそが、人の英知の結晶なのだから。

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この記事を書いた人

映画、音楽、文房具をこよなく愛するフリーライター。趣味はヴァイオリン。
執筆、取材等のご依頼はお問い合わせからか、startofall@gmail.comまでご連絡ください。